2009/06/10
2. 小泉構造改革による社会経済システムの疲弊と崩壊 -1) セーフティネットの綻び (3) 医療危機 (3)-1 医師不足
日本医療労働組合連合会による25都道府県約150施設1,036名の医師の勤務実態調査(2006/11~2007/1)により、医師の過酷な労働実態が明らかにされています。それによると、1日の労働時間は平均10.5時間、12時間以上が44.5%と半数近くにのぼり、医師の週労働時間は法定時間の40時間とされているが、実態は平均58.4時間、3分の1が65時間以上となっており、欧州先進国の医師の労働時間が40~50時間であるのとくらべるとはるかに過重労働状態にあることがわかります。
特に、休み無しの最長の連続した勤務日数は平均19.5日で、時間外労働は1日平均2.7時間、4人に1人が4時間以上で、月平均63.3時間、3割を超える31.2%の医師が「過労死ラインの80時間以上」に達しているのです。
このように、日本の医療現場は医師不足とそれに伴う過酷な労働環境により崩壊寸前の状態にあるのです。
医師不足の原因は、①厚生労働省による医療費抑制を目的とした医師数の抑制政策による、②小泉内閣による新臨床医研修制度の導入により、臨床医の大学病院離れや有名な一般病院への偏在、③地方の公立病院などの中核病院における勤務医の減少は、大学病院による派遣医の引き上げ、④医学の進歩および治療技術の高度化により、専門医制度の進展と専門医の増加、⑤医学部への女性の進出と女性医師の増加、および⑥小児科医や産婦人科医の減少などによる、と分析されています(厚生労働省 「安心と希望の医療確保ビジョン」平成20年6月)。
①の厚生労働省による医療費抑制のための医師数抑制政策が、医師不足の根本的原因であることは疑いの余地はありません。医師不足が具体的問題として顕在化し、その不足を補うとしても医師養成には6年以上の歳月が必要なのです。したがって、現在の医師不足は、厚生労働省の長期的、かつ戦略的観点に立った医師養成政策に欠陥があったことを意味し、その責任は免れ得ません。
OECDによる04年度の加盟国30ヶ国の人口1,000人当たりの医師数の調査によると、日本は下から4番目に少なく、2.0人であり、ドイツ3.4人、フランス3.4人で、最も多いギリシャは4.9人で、日本の約2.4倍多いのです。
このように、日本では医師の絶対数が明らかに少ないにもかかわらず、日本の医療は世界保健機構(WHO)とOECDの報告書では、医療健康達成度、健康寿命が第1位と評価され、総合世界一に順位づけされているのです。しかも、OECD加盟国における04年度におけるGDPに対する医療費の割合は、日本が8.0%であるのに対して先進国7ヶ国平均で10.2%と報告されており、小泉内閣が指摘するほど日本の医療費は高くなく、効率的な医療がなされていたのです。
この効率的な日本の医療システムは、多くの医療従事者の献身的な努力と過重な労働に支えられて成り立っていたのです。そこに、小泉内閣は聖域なき構造改革と称して社会保障費を削減(07年から毎年2,200億円削減)したことにより、この効率的な日本の医療システムに致命的な打撃を与え、医療崩壊をもたらしたのです。その罪は極めて大きいと言わざるを得ません。
②の新臨床医研修制度は、小泉内閣による規制緩和政策の一貫として導入されたものです。
これまで、大学医学部医局の教授の指揮下に医師を大学病院の他、研修目的で大学系列病院に派遣されてきたので、臨床医の大きな地域の偏在はなく、また大学病院にも多くの医師が残ったのです。
小泉内閣により導入された新制度のもとでは、研修医は研修先を自由に選べるため東京都などに存在する中核病院や有名な一般病院に臨床医が殺到したのです。その結果、地方の中核病院はもとより、一日も早く臨床医として自立したいため、基礎医学研究などが課される大学病院も敬遠されるようになり、医師の地域偏在による医師不足を発生させることになったのです。
③の地方の中核病院における医師の減少は、新臨床医研修制度の導入により大学病院にも医師がいなくなる事態が生じ、急遽、大学病院が医師派遣先の地方の中核病院から医師を引き上げたために起こったのです。
④の医学の進歩と医療技術の高度化は総合診療可能な医師を減少させ、専門医を増加させることになりました。その結果、もともと医師数が少なかった上に専門分化したために、相対的に医師数が少なくなるという結果を招いたのです。
⑤の女性の医学部進出および女性医師数の増加であるが、最近、医学部の女性の比率が高くなり30~40%に達しています(東北大学地域医療の取り組み: 地域医療オピニオン 「医師の需給における論点整理 -試算モデルの見直しー」 渡会二郎 秋田大学医学部教授)。
女性医師の場合、出産に伴い職場を休職しなければなりません。日本では未だに男性中心社会のため育児に男性が参加することが少なく、そのため女性はなかなか職場に復帰するのは困難なのです。
医療の進歩が激しく、休職期間中の知識や技術の遅れや男性と同じような過酷な勤務など、育児後の職場復帰を困難にする各種要因があり、保育園や再研修制度の整備など、それらの要因を解消するシステムが未整備であるのが現状なのです。そのため、女性の職場復帰が閉ざされ、医師不足が助長される結果になっているのです。
⑥の小児科医や産婦人科医の減少の問題であるが、これらの両診療科の医師数は、日本の人口減少と一致しているので、人口減少が大きな原因の一つということができます。小児科医数は平成8年から18年にかけてほぼ横ばい(若干増加傾向)であるが、産婦人科医の場合、平成18年度は9,592人で平成8年度に比べて、12%減となっており、なお減少が続いているという厳しい状況にあります(医学のあゆみ 224: 942-945, 2008)。国民の多くは、お産は病気ではなく、うまくいって当たり前(乳児死亡率0.3%)と思っているところがあり、産婦人科における医療裁判が多くなっているので、そのような危険を避けるために産婦人科を専攻しない医師が増えているのも大きな原因の一つのようです。
いずれにしても、医師不足の根本的な原因の一つは、政府の医療費抑制を目的とした医師数の抑制政策にあり、医学部定員の増大など医師不足の解消を急いで図る必要があるのです。また、勤務体制や待遇の改善による救急及び中核病院などの勤務医不足の解消、さらに都市と地方の医師の偏在を解消するために、地方にいても都会並みの最新医療技術情報や研修などが受けられる制度の整備や待遇面の改善などにプライオリティをおいた財源の裏付けと総合的な政策が緊急に必要ではないでしょうか。
地方からの「医師不足」や次に述べる公立病院を中心とした地方中核病院の閉鎖・縮小などの「医療現場の疲弊」などの強い訴えにより、厚生労働省もやっと「医学部の定員削減」を決めた97年の閣議決定を見直し、中長期的に医師を増やす方針を打ち出しました(読売新聞2008年6月19日付)。
厚生労働省は医療危機に対応するために、「安心と希望の医療確保ビジョン骨子」をまとめました。それによると、①医師養成数の増加、医師と看護師らの関係職種の連携強化と看護師らの雇用増、②医師不足の診療科や地域に貢献する臨床研修病院などを積極評価、③研修医数の調整、女性医師の出産・育児に配慮した勤務環境の導入、④麻酔科標榜の許可制を規制緩和、および⑤院内助産婦や助産師外来の普及などの方策を検討するとしています(朝日新聞2008年6月19日付)。
医師数の増加には今後10年は必要であり、現在の医師不足を短期的に解消するものではないので、骨子のほとんどの方策はそれまでの応急的対処法が中心であり、これらの方策が現在の医療危機の進行を食い止めるという保障はないのです。それほど医療危機は深刻な問題となっており、医師養成には長時間必要であるという観点からしても、今回の厚労省の方針転換は遅すぎたと言わざるを得ず、同省の責任は免れ得ないのではないでしょうか
特に、休み無しの最長の連続した勤務日数は平均19.5日で、時間外労働は1日平均2.7時間、4人に1人が4時間以上で、月平均63.3時間、3割を超える31.2%の医師が「過労死ラインの80時間以上」に達しているのです。
このように、日本の医療現場は医師不足とそれに伴う過酷な労働環境により崩壊寸前の状態にあるのです。
医師不足の原因は、①厚生労働省による医療費抑制を目的とした医師数の抑制政策による、②小泉内閣による新臨床医研修制度の導入により、臨床医の大学病院離れや有名な一般病院への偏在、③地方の公立病院などの中核病院における勤務医の減少は、大学病院による派遣医の引き上げ、④医学の進歩および治療技術の高度化により、専門医制度の進展と専門医の増加、⑤医学部への女性の進出と女性医師の増加、および⑥小児科医や産婦人科医の減少などによる、と分析されています(厚生労働省 「安心と希望の医療確保ビジョン」平成20年6月)。
①の厚生労働省による医療費抑制のための医師数抑制政策が、医師不足の根本的原因であることは疑いの余地はありません。医師不足が具体的問題として顕在化し、その不足を補うとしても医師養成には6年以上の歳月が必要なのです。したがって、現在の医師不足は、厚生労働省の長期的、かつ戦略的観点に立った医師養成政策に欠陥があったことを意味し、その責任は免れ得ません。
OECDによる04年度の加盟国30ヶ国の人口1,000人当たりの医師数の調査によると、日本は下から4番目に少なく、2.0人であり、ドイツ3.4人、フランス3.4人で、最も多いギリシャは4.9人で、日本の約2.4倍多いのです。
このように、日本では医師の絶対数が明らかに少ないにもかかわらず、日本の医療は世界保健機構(WHO)とOECDの報告書では、医療健康達成度、健康寿命が第1位と評価され、総合世界一に順位づけされているのです。しかも、OECD加盟国における04年度におけるGDPに対する医療費の割合は、日本が8.0%であるのに対して先進国7ヶ国平均で10.2%と報告されており、小泉内閣が指摘するほど日本の医療費は高くなく、効率的な医療がなされていたのです。
この効率的な日本の医療システムは、多くの医療従事者の献身的な努力と過重な労働に支えられて成り立っていたのです。そこに、小泉内閣は聖域なき構造改革と称して社会保障費を削減(07年から毎年2,200億円削減)したことにより、この効率的な日本の医療システムに致命的な打撃を与え、医療崩壊をもたらしたのです。その罪は極めて大きいと言わざるを得ません。
②の新臨床医研修制度は、小泉内閣による規制緩和政策の一貫として導入されたものです。
これまで、大学医学部医局の教授の指揮下に医師を大学病院の他、研修目的で大学系列病院に派遣されてきたので、臨床医の大きな地域の偏在はなく、また大学病院にも多くの医師が残ったのです。
小泉内閣により導入された新制度のもとでは、研修医は研修先を自由に選べるため東京都などに存在する中核病院や有名な一般病院に臨床医が殺到したのです。その結果、地方の中核病院はもとより、一日も早く臨床医として自立したいため、基礎医学研究などが課される大学病院も敬遠されるようになり、医師の地域偏在による医師不足を発生させることになったのです。
③の地方の中核病院における医師の減少は、新臨床医研修制度の導入により大学病院にも医師がいなくなる事態が生じ、急遽、大学病院が医師派遣先の地方の中核病院から医師を引き上げたために起こったのです。
④の医学の進歩と医療技術の高度化は総合診療可能な医師を減少させ、専門医を増加させることになりました。その結果、もともと医師数が少なかった上に専門分化したために、相対的に医師数が少なくなるという結果を招いたのです。
⑤の女性の医学部進出および女性医師数の増加であるが、最近、医学部の女性の比率が高くなり30~40%に達しています(東北大学地域医療の取り組み: 地域医療オピニオン 「医師の需給における論点整理 -試算モデルの見直しー」 渡会二郎 秋田大学医学部教授)。
女性医師の場合、出産に伴い職場を休職しなければなりません。日本では未だに男性中心社会のため育児に男性が参加することが少なく、そのため女性はなかなか職場に復帰するのは困難なのです。
医療の進歩が激しく、休職期間中の知識や技術の遅れや男性と同じような過酷な勤務など、育児後の職場復帰を困難にする各種要因があり、保育園や再研修制度の整備など、それらの要因を解消するシステムが未整備であるのが現状なのです。そのため、女性の職場復帰が閉ざされ、医師不足が助長される結果になっているのです。
⑥の小児科医や産婦人科医の減少の問題であるが、これらの両診療科の医師数は、日本の人口減少と一致しているので、人口減少が大きな原因の一つということができます。小児科医数は平成8年から18年にかけてほぼ横ばい(若干増加傾向)であるが、産婦人科医の場合、平成18年度は9,592人で平成8年度に比べて、12%減となっており、なお減少が続いているという厳しい状況にあります(医学のあゆみ 224: 942-945, 2008)。国民の多くは、お産は病気ではなく、うまくいって当たり前(乳児死亡率0.3%)と思っているところがあり、産婦人科における医療裁判が多くなっているので、そのような危険を避けるために産婦人科を専攻しない医師が増えているのも大きな原因の一つのようです。
いずれにしても、医師不足の根本的な原因の一つは、政府の医療費抑制を目的とした医師数の抑制政策にあり、医学部定員の増大など医師不足の解消を急いで図る必要があるのです。また、勤務体制や待遇の改善による救急及び中核病院などの勤務医不足の解消、さらに都市と地方の医師の偏在を解消するために、地方にいても都会並みの最新医療技術情報や研修などが受けられる制度の整備や待遇面の改善などにプライオリティをおいた財源の裏付けと総合的な政策が緊急に必要ではないでしょうか。
地方からの「医師不足」や次に述べる公立病院を中心とした地方中核病院の閉鎖・縮小などの「医療現場の疲弊」などの強い訴えにより、厚生労働省もやっと「医学部の定員削減」を決めた97年の閣議決定を見直し、中長期的に医師を増やす方針を打ち出しました(読売新聞2008年6月19日付)。
厚生労働省は医療危機に対応するために、「安心と希望の医療確保ビジョン骨子」をまとめました。それによると、①医師養成数の増加、医師と看護師らの関係職種の連携強化と看護師らの雇用増、②医師不足の診療科や地域に貢献する臨床研修病院などを積極評価、③研修医数の調整、女性医師の出産・育児に配慮した勤務環境の導入、④麻酔科標榜の許可制を規制緩和、および⑤院内助産婦や助産師外来の普及などの方策を検討するとしています(朝日新聞2008年6月19日付)。
医師数の増加には今後10年は必要であり、現在の医師不足を短期的に解消するものではないので、骨子のほとんどの方策はそれまでの応急的対処法が中心であり、これらの方策が現在の医療危機の進行を食い止めるという保障はないのです。それほど医療危機は深刻な問題となっており、医師養成には長時間必要であるという観点からしても、今回の厚労省の方針転換は遅すぎたと言わざるを得ず、同省の責任は免れ得ないのではないでしょうか
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